PROJECT

現代社会に求められる「自然」の美しさを和紙で表現 名尾手すき和紙会社・谷口弦さん

佐賀市大和町・名尾地区で、300年前に伝えられた製紙技術を守り続けている「名尾手すき和紙」。かつては100軒もの紙すき工房がありましたが、現在残るのはたった1軒のみ。しかしながら、原料となる「梶」を自ら育て、和紙づくりのすべての工程を工房内で担っています。今回製作したのは、和紙を使ったディバイダーと2種類の照明器具。「名尾手すき和紙」の谷口弦さんと、プロダクトデザインを担当した今井波瑠加さんとサンドバーグ直美さんの3人に、製作についてインタビューしました。

名尾手すき和紙株式会社

谷口弦 さん

デザイナー 今井波瑠加 さん

デザイナー サンドバーグ直美 さん

和紙を通した光で感じる「時間」

谷口さん:企画段階で決まっていたのは「期限」だけ。そこからディバイダーと照明を作る提案をお二人からいただき、三人で意見を交換しながら製作を進めました。製作期間は3、4カ月しかなかった。かなり急ぎ足でしたね(笑)。

サンドバーグさん:スピード感をもって、一気につくりあげましたね。

谷口さん:ディバイダーで使う和紙は大きさが約2m40cmあります。通常の和紙よりかなり大きめなので、屋外に出て大きな細長い枠を使って和紙をつくりました。「ディバイダー」と聞いた時、僕の中ではすでにイメージがありました。山に登ったり公園に遊びに行ったりすることが増えるコロナ禍で、自然や水の流れの美しさをプロダクトに落とし込みたいと考えました。そう考えた時、一番近いイメージは日本庭園の「枯山水」の砂紋だったんです。枯山水が表す「自然」を、和紙の「透かし」の技術と合わせたらどうなるか。そこからイメージを広げました。 単純な機能性だけではなく、「そのプロダクトを使うことでどういう状態になりたいか」を考えました。照明は、暮らしをやさしく照らすもの。ディバイダーは、毎日目にするものですが、器などの日用品とは違い、少し後ろに引いて私たちの暮らしを守ってくれるものです。 和紙の特長は、取り入れる光によって1日のなかの「時間」を感じられることです。また、ディバイダーを通した光は直接的な光と異なり、ちょっとした安心感がありますよね。そんな僕が思い描くイメージとデザイナーの今井さん・サンドバーグさんのアウトプットが、良い感じにマッチしたのではないかと感じています。

今井さん:「ディバイダー」と「照明」という候補は、最初のプレゼンで出たアイデアでした。「これいいね」「これもいいね!」なんてやりとりをするうちに、「この際、2つとも作っちゃえ!」と勢いよく決まりました(笑)。

谷口さん:イメージや実現したいことはお互いにあらかじめあったと思うので、そのすり合わせは今回すごく重要だったと思います。照明に関して言えば、作られる数は多いのですが、イサム・ノグチ以降ぱっとしたデザインはあまり出ていない。だから、どこまでできるかのチャレンジだと思って取り組みました。一方、ディバイダーはプロダクトとしてはあまり多くありません。和紙を面で見せる家具と言えば「襖」か「障子」ですが、今回のディバイダーでは紙を使う面積がより広く、従来とは異なるアプローチができました。

サンドバーグさん:1枚にするか2枚にするかは、サイズも含めてプロトタイプを試作して検討しましたよね。

今井さん:形の制約はあったけど、1枚の和紙で作るデザインにしてよかったですよね。

谷口さん:僕もよかったと思っています。今回デザインしてくださった文様は、実は漉きやすいデザインなんですよ。

今井さん:何度もやりとりしたけど、それは初めて聞きました(笑)。コミュニケーションは主にLINEでしたよね。

サンドバーグさん:紙を漉く時に、谷口さんが写真を送ってくれて。使っていた型は屋根より高くてびっくりしました。

谷口さん:そうそう。普段はなかなか使うことのない、かなり大きめのサイズです。水の流れにぴったりのデザインなので、和紙で表現するのにぴったりでした。

今井さん:なるほど。それはうれしいですね。

サンドバーグさん:このデザインは、今後さまざまな部分で展開していきたいですよね。

今井さん:ディバイダーの形状はアールを意識しました。もとは屏風からヒントを得ていますが、屏風は角が多いデザインなので、意識的にアールを取り入れて柔らかい印象に仕上げています。

谷口さん:僕が二人に投げかけたデザインイメージは「アメリカの教会にあってもいいし、日本のお寺にあってもいいもの」でした。漠然としたイメージですが、できあがったデザインを見てみると、本当にそうなっていると思いました。場所を選ばないデザインですね。

地伝統技術を応用した自由なデザイン

今井さん:照明は、和紙のシェード部分にワイヤーが入っていて、形を自由に変えられます。これは谷口さん独自のアイデア……いや、もはや「発明」ですね。

谷口さん:ワイヤーは張り付けているわけではなく、紙の中に漉き込んでいます。和紙の中に紅葉などの草花を漉き込む技術があるので、それをうまく使えないかと思って考案しました。和紙は曲線を記憶することができませんが、ワイヤーが微妙な形状を留める役割を果たします。

今井さん:シェード部分は取り外しできるので、吊るしたり置いたりしてもいいんですよ。 サンドバーグさん:スタンドはレグナテック製です。脚の部分には異なる素材を使い、「引き締まった見え方にしたいね」と話していました。

今井さん:ちょっとアンバランスな、アシンメトリーな感じにしたかったんだよね。このディテール、すごく気に入っています。

谷口さん:僕もこの部分、すごく好きです。使われている銅や木、和紙は、すべて日本のお寺や神社に古くから用いられてきた素材です。日本の空間にも、きっと合うと思っていました。

今井さん:シェード部分の和紙の加工もポイントです。名尾和紙さんの和紙は、繊維が長くて丈夫です。その特徴を生かしたくて、わざとファーのような毛の長い質感を出してもらいました。

谷口さん:手やはさみでカットするのではなく、枠に水を勢いよく流して切る、伝統的な「水切り」という技術を使っています。この長い毛の部分は、和紙の「耳」と呼ばれています。

サンドバーグさん:照明を灯すと、耳の部分がぼんやりと光るのがいいですよね。

谷口さん:「儚い印象になりすぎるのでは」と心配していましたが、完成してみるとちょうど良い仕上がりですね。

今井さん:コードはあまり見えないように収納しています。最初はコードが見えるデザインでしたが、(樺島)賢吾くんがカバーを作ってくれて。「あえてコードを見せてもいいのかな」とも考えられますが、う~ん。ここはまだ要検討ですね。

谷口さん:コードの色や素材を検討してもいいのかもしれませんね。

今井さん:異素材で仕上げた脚のディテールは、しっかり見せたいですよね。

プロダクトのイメージを共有する

谷口さん:今回の展示会で、ひとまずのゴールを迎えることができました。自社のプロダクトで、これほど短期間で仕上げた事例はなかったし、今できる100%の力を出し切りました。

サンドバーグさん:同世代だし、LINEやzoomでやりとりしたからコミュニケーションが取りやすかったですよね。

谷口さん:みんな30代で、僕は賢吾くんと同級生です。

今井さん:えっ、私より年下だったの? ずっと年上かと思ってた(笑)。

谷口さん:まあまあ、数字はただの数字なので(笑)。

サンドバーグさん:「いいものを作りたい」という思いはみんな一緒だったから、物事が決まるスピードは速かったよね。

谷口さん:普段見ている「いいもの」のイメージが近かったのも大きいと思います。普通はその共有が難しいから。イメージソースを徹底して共有できたのがよかったですね。例えば、「教会」にもいろいろあって、今回は19世紀にアメリカで広がったシェーカー教の家具のデザインの質感をイメージしていました。

今井さん:コラボレーションによって、新しいものは絶対に生まれますね。みんなの意見を取り入れて、いいものにしたいですね。

谷口さん:そうしたなかでも、文脈の取り入れ方が大事ですよね。新規性は必要ですが、それが圧倒的に新しすぎると、僕ら日本人が見た時にどこにも馴染まず、プロダクトの「帰る場所」がなくなってしまいます。まるでお寺や神社に古くから存在するかのように、日々の暮らしに着地できるプロダクトでありたい。そう考えていたので、同じイメージを共有できるお二人と仕事をできてよかったと思っています。

和紙づくりを生業とする家に生まれて

名尾手すき和紙株式会社

⾕⼝弦 さん

名尾地区の山中で生まれ育ち、祖父母も両親も和紙の仕事をしていたので、「仕事」と言えば和紙づくりしか知りませんでした。かと言って、工芸ひと筋だったわけではなく、大学では社会学を専攻していました。
社会学は、簡単に言うと「僕たち人類がどこから来て、どこへ行くのか」を考える学問です。だから、僕らが手すきで和紙をつくることも、自分を含めて現代に生きる人たちへのヒントになっていると捉えることもできます。「紙=洋紙」という現代社会において、日本古来の紙の作り方で今でもなお紙を漉き続けること。それが社会にどう影響するのかを考えながら、和紙と向き合っています。
家業に入る前は、福岡の商業施設にあるセレクトショップで洋服を販売していました。いくつものブランドを扱うなかで感じたのは、「デザイナーの生い立ちや経歴、思想がきちんと反映されたブランドしか、最終的には残らない」ということ。ブレない軸がないと、販売員としても熱を持ってエンドユーザーに魅力を伝えきれないんです。
そうした背景があるブランドは、すごく美しいなと思いました。だから、僕が和紙をつくる時も、そうありたかった。当時は目の前の仕事しか見えていませんでしたが、よく考えてみると、社会学を勉強したことも販売職で得た経験も、すべて今につながっています。
自分のアイデンティティをひたすら掘っていくと、最後に残ったのは「和紙」でした。しかし、「後継者として生まれた」という事実だけでは、和紙を漉く理由にはならないと考えていて、そうした背景にこれまでに自分が獲得した知恵を積み重ねることで、意志を持って紙を漉くことができるのではないか。それも作り手の生き方を反映するひとつの形なのではないかと思っています。